公設市場だったアーケード通りの前後は中々の風情を見せていた。特にアーケードを抜けた一帯は、きっと何十年も変わらない佇まいであろうことは一目瞭然だった。正直、ここまで昭和感にあふれている町は少ないのではないかと思う。けっして情緒のある町並みでもないし、古い伝統を誇れるような家もない。ただひたすら懐かしい中途半端な古さと「日々の暮らしさえ成り立てばそれで結構」的な刹那さと昭和独特の薄汚れ感が、むしろ温かみを醸し出している。廃業した店もあるが、しぶとく生き残っている店には喝采をおくりたい。
おそらくこの永和の商店街はそれなりの努力をして来たはずである。

世間では、かつて商店街と呼ばれた通りが消えてしまったり、消えつつある中でのこの頑張りは、涙が出るほどうれしいことだ。このままこの一角をそっくり残せないものかと思う。もしそれができれば、東大阪の名所になれる。今すぐには無理だとしても、遠からず注目を集める町になると思う。 大阪に限ってのことだが、けっこう町歩きをして来た中で、こんな町は珍しいのだ。明治や大正の頃に建てられた家屋は文化財的な見られ方をして、多少の話題にはなっている。

ただ実際に足を運ぶと、外観だけしか見学できなかったり、町おこし的なあざとさが丸見えだったりして、「暮らしを味わえる町」ではない。人が楽しんだり面白かったりするのは、暮らしを垣間見たり、体験したりすることなのだ。その点、ここには暮らしがあって、町並みは昭和のまんま、買い物も楽しめる。面白くないはずがない。そんな永和の町を、このままの姿で存続していく方法はないものだろうか。本当に価値のあるものを見失いがちな昨今だからこそ、強く思うのである。

【後記】
東大阪といえば司馬遼太郎記念館である。と言い切ってしまうと東大阪の方々には怒られそうだが、永年行きたくて行けなかった場所でもある。東大阪散策の初っぱな、ついに記念館を訪れることができた。「やっと来れた!」と万感の思いがした。 こう見えて私は司馬遼太郎作品の読者である。文庫本だけなら、発行された本の3分の2は読んでいると思う。

村田蔵六、河井継ノ助、高田屋嘉平、秋山兄弟などは氏の作品で知ることになった。ところが記念館の収蔵作品を見ると、読んだことのない本が山のようにあった。あらら、「司馬遼のことならけっこう語るよ」なんて思っていたら、とんでもないことであった。恥じ入るばかりである。 写真は記念館のオープンカフェのお客に近づくネコである。何かをねだっているようにも見えるし、ごあいさつしているようにも見える。

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