千二百年の眠りから醒めた世界遺産ボロブドゥールへの旅を台無しにした女。

一度は見たいと思っていたボロブドゥールへ行った。初めてのオプショナル・ツアーなるものだった。ツアーはバリに着いた翌日、現地旅行社に申し込んでおいた。ツアー当日、ホテルに迎えに来たのは中年女性のガイドだった。名前は忘れたが、体の大きな押し出しの強そうな女だ。空港までのクルマの中で自己紹介があった。バリ・ヒンドゥーでは最上位の僧侶の出だと自慢げに話していた。確かに運転手などへの物言いに不遜なところがあったし、我々ツアー客に対しても口答えは許さない的なオーラを出していた。

ツアーは、ングラ・ライ空港の国内線からジョグジャカルタへ飛び、そこからはバスでボロブドゥールへ向かうことになっていた。日帰りツアーだから朝が早く、ジョグジャのホテルで朝食を摂るった。バイキング形式の朝食時にさっそく一悶着あった。ウエイターの不手際にガイドの女が怒ったのだ。バリ島ならいざ知らず、ヒンドゥーとは関係のないイスラムのジャワで、女の身分の高さは通用しない。両者、激しく罵りあっていたが、出発時間が迫っていたせいもあって、一応女が引き下がるというカタチで収まった。

そのとばっちりは我々ツアー客に来た。バスの中でふてくされて、しばらくの間ガイドをしないのだ。引き下がることに我慢ならなかったのだろう。声をかけるのもはばかれるほどのご立腹であった。私としては静かに車窓から景色が眺められて幸いだったし、ふてくされ顔にちょっと「ざまぁ見ろ!」的な快感があったことも事実だ。自己紹介の中で、学歴が高いことも何気に自慢していたが、頭のいい女には思えなかった。
ボロブドゥールは8世紀頃に造られた世界最大で最古の石造寺院なのだそうだ。

それを19世紀になって、オランダ人の手で発掘されるまで、歴史から消えていた。実に千二百年も地中で眠っていたことになる。そんなボロブドゥールは、いまや世界から人を集める観光名所として整備され、その時も修復作業は続いていた。遺跡は確かに千二百年の歴史を感じさせ、信仰の深さというか、王様の絶大なる権力を思い知らされた。ただ、遺跡を取り巻く環境は、歴史の重さも神聖さもまるでなくて、市民公園のような薄っぺらさだけが際だっていた。「世界最古」の尊厳や古い歴史への尊敬はどこに行ったのだろう。

面白かったのはジョクジャからボロブドゥールまでの景色で、旧日本軍占領下に造られた鉄道軌道がところどころに残っていたことだ。ほぼ幹線道路と並行に走る線路は、寸断されながらも、何キロにもわたってクルマから見ることができた。いまや全くの無用になった線路を撤去するのが面倒なのか、その上に家ができてたりするのだ。つまり、クルマから線路を追っていると、突然民家の下に潜り込むように見えなくなり、向こう側からまた姿を現すという具合である。ある意味歴史の遺跡として残っていけばいいのに…と思った。

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