タイの空気感「ホアヒンを行く」

ホアヒン駅には世界一小さい王宮がある。駅舎の北手に王室専用の待合室として建てられたのだ。これが現在では記念保存されていて、ちょっとした観光名所になっているらしい。旅行前のぼんやりとした計画でホアヒンからチャームまで鉄道で行こうと考えていたワタシは、さっそくトゥクトゥクを飛ばして駅に向かった。

駅前広場は工事中で、塗り込まれたばかりの足下のコンクリートに気を付けながら、王宮の建築様式を模した駅舎に入ると、タイ人が一人と白人のバックパッカーが二人、こぢんまりとした待合室に座っていた。改札はなく、誰でもホームへ出ることができた。線路は複線化していて、向こう側に降りた客は線路を跨ぎながら、歩いて駅舎へ入るようになっている。

ホアヒン駅の、読めない時刻表

この辺りからして電車の便数の多い日本では考えられない長閑さではある。駅舎のホームに面した側にはキオスクのような店があった。お土産物というよりは生活品を並べた雑貨屋の風情で、店番の親父が退屈そうに丸椅子に腰掛けていた。
取りあえず、発着時間を確認しておこうと待合室の壁を見渡した。ところが時刻表らしきものがない。日本ならどんな田舎町の駅舎にも、壁の上の方に大きな時刻表が掲げてあるものなのだが、ここにはそんなものは無いのだ。よくよく捜すと切符を売る窓口の横に小さな紙切れが貼ってある。それが時刻表だった。ガリ版刷りの薄汚れた紙には上り下りの時刻が書き込まれていた。タイ語で書かれた行き先はもちろん、時刻の数字まで読めないのだ。

タイ人の書く数字は1なのか5なのか9なのかまるで分からないのである。
しばらく待ってみることにしたが、電車がやって来る気配はいっこうになかった。気づくと電車を待っているはずのバックパッカーの姿が消えている。よく見るとタイ人も電車を待っているのかどうかも怪しい感じだ。駅員の姿も見かけない。さらに1時間待ってみたが、結局電車に乗ることは諦めることにした。そういえば切符を売る窓口は、ずっとカーテンで閉ざされていたような…。こうしてワタシのぼんやりとした計画は、案の定、ぼんやりとしたタイ鉄道事情によって、あっさりと変更を強いられることとなったのだが、実にほのぼのとした、そして、のんびりとした心地よい時間でもあった。

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