タイの空気感「プーケットの憂鬱」

どのガイドブックを見ても、そしてプーケットの日本人向けサイトを見てもその店は最高位にランク付けされていた。プーケット最後の夜だから、おいしい日本食で締めたいとワタシは考えた。
ドライブすること40分。ホテルで用意してもらったクルマが「着きました」と止まったところは、パトンから北へ延びる幹線道路の端だった。後部座席のドアを開けて外に出るのも、行き交うクルマに注意しなければならないほどのロケーションである。おい、駐車場も無いんかい!

隣のイタメシ屋ともどもプーケット一の呼び声も高いその和食レストランは、海沿いの崖にしがみつくように建てられた掘っ建て小屋風で、ホールスタッフの着物姿は妙な着崩れ方だった。これがプーケット方式と言われれば納得するしかないのだが、この店の全てに頭をひねるばかりだ。とはいえ、ガイドブックのあの絶賛ぶり。さぞや味には唸るものがあるに違いない。
お刺身は大目に見よう。しょせん熱帯の魚である。締まりのないのは仕方がない。天ぷらはどうだろう。パリッとは上がっている。ん?

超高級のまさか。プーケットで思い知らされたタイ人の味覚と感性。

この天つゆは何だ?やけに色が黒い。多少天ぷらのサクサク感が失われるが、食えないことはない。それにしてもしょうゆ味過ぎる。そして、そうめん。おしゃれな盛りつけになっている。薬味もたっぷりと添えられている。いざ、そうめんに箸を入れる。手応えが軽い。コシがないのか?。薬味を入れたそうめんつゆにさっとつけて口に運ぶ。口の中に涼感は広がるが、これは…。何度味わっても、先ほどの天つゆと同じ味なのである。正直これはキツイ。相当無理をして口に運んではみたが、完食することはできなかった。きっとこれは何かの間違いだ。救いは超高級な割にはリーズナブルなお値段設定であったことだが、これで高かったら間違いなく暴れていただろう。

それにしても、プーケットの「超高級」がこの程度のはずがない。こうなれば、せめてお茶だけでもと気持ちを立て直して、ゴージャス姉妹で名を馳せたホテルに向かうことにした。レストランからそう遠くないところ、というより道路を挟んだ向かいにそのホテルはあった。運転手がいやな顔をしなかったはずだ。ホテルに入るとルーズフィットすぎるユニフォームのボーイが迎えてくれた。実は駐車場にクルマを入れたときから違和感はあった。高級リゾートと呼ぶにはあまりにも幹線道路から近く、上質のリゾートホテルには付き物の「閑静な空間」からはほど遠い空気感が漂っていた。案の定、カフェはシティホテル並の薄っぺらさで人影も少なく、2階のプールサイド・バーには一人の客さえいなかった。

待てよ、ここはガイドブックに載っていたあの高級リゾートホテルとは違うのかも知れない。ワタシが間違ったのだろうと、つたない英語で運転手に聞くと間違ってはないらしい。しかし、もはやここでアイスコーヒーを飲む気は失せてしまっていた。
日本ではアイスコーヒーなどほとんど飲まないのだが、アジアンリゾートに行くと、なぜか美味しいアイスコーヒーを飲みたくなってくる。田舎町ホアヒンでさえ、ちょいとリッチな気分を味わえるホテルのダイニングはあった。小ジャレたイタリアンをはじめ、アマンダリのカフェテラスのアイスコーヒーには及ばないものの、それを思い出させてくれる味わいのアイスコーヒーも飲めた。今回は世界に名だたるリゾート地プーケットであるからして、それなりの期待をしても当然だろう。

となると、アマンプリということになる。パトンの超高級(!?)を思い知らされたワタシは、再び気持ちを立て直して、いざ、アマンプリへ。ところがその時すでに夜の10時を回っていた。アマンプリまでは1時間近くはかかるという。11時過ぎに着いたとして、果たしてカフェは開いているものなのだろうか。そんな遠くまで行きたくない運転手は、開いていないから行かない方がいいと言う。で結局、日を改めることにした。運転手の顔が明るくなった。すぐにホテルに帰るのかと聞いてきた。そうはいかない。アマンプリはあきらめたけど、アイスコーヒーはあきらめないぞ。運転手は再び肩を落とした。オーケー、じゃぁ、ホテルへ帰る途中のプーケットタウンでお茶をすることにしよう。運転手の顔が少しだけよみがえった。
ホテルを出るときに心に決めていた素敵なカフェでのおいしいアイスコーヒーは、気がつけば「飲めればいいアイスコーヒー」に変わっていた。そして、プーケットタウンの大型ホテルの1階ロビーにしつらえられた、生バンド演奏のカラオケ・バーの片隅で、「あ、以外とおいしい」などと自分を慰めながら、ワタシはアイスコーヒーを啜るのだった。

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