言わずと知れたIWCのインジュニアである。8万A/mの帯磁性能は、ロレックスのミルガウスと並んで耐磁時計の王道を突っ走ってきた。ジェラルド・ジェンタがデザインした初期モデルのSLをさらにブラッシュアップさせたこのモデルは、クロノメーター規格も取得して、1970年代から20年以上もロングセラーを続けていた。生産終了となって久しく、現在はデカ厚時計にモデルチェンジし、都合4代目。ブランドとしては健在のだが、インテリジェンスなイメージはなくなってしまっている。
円高でバブル景気に沸いていた頃、あちこちに並行輸入品を売る店があった。その時期、スイスはやっとクォーツショックから立ち直り、暗黒の70〜80年代を生き抜いた時計に加え、新たな機械式時計をどんどん作り始めていた。しかしながらIWCは、ロレックスやオメガ、タグホイヤーなどに比べると無名だったし、無名の割には高価だったこともあって、インジュニアは人気の時計とは言えなかった。

丁度その頃、かわぐちかいじ氏が描く「沈黙の艦隊」というコミックが出ていて、その中に登場する護衛艦「はるな」の艦長、沼田一等海佐の腕でインジュニアが時を刻んでいた。耐磁性能から考えて、かわぐちかいじ氏は当然の選択として、軍艦の艦長の腕にインジュニアを描いたのだろう。主人公の海江田の腕時計ではなかったことが、さらにインジュニアの渋さを際だたせていたように思う。(ちなみに、海江田艦長の腕時計はオメガ・スピードマスター・プロフェッショナルとおぼしき絵だった)とにかく、その時からインジュニアは私のあこがれの時計になった。
高価すぎて買うのをあきらめていた私が、インジュニアを手に入れることになるのは、それから4年もたった頃だった。

たまたま通りかかった時計・宝飾の店をのぞいたら、なんとインジュニアがショーケースの中に飾られていたのだ。売価を見ると定価の4割程度だった。値札には「中古」の赤文字。なるほど、安いわけだ。ケースから出して見せて貰った。傷はなく、程度は良い。
「こんなところにあったのか!」
ほぼ4年の間、関西一円、時計店を見る度にインジュニアはないかと捜していたのに、家から歩いても来れる、こんなところで出くわすなんて…。
中古のせいか、クロノメーター規格なのに日差+15秒は残念ではある。加えて耐磁性能を実感したこともないのだが、愛用の時計の一本なのだ。

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