おそらくウブド村に初めてホテルをとった時だったと思う。アグン・ラカ・バンガローズは、田んぼに囲まれたこぢんまりとしたホテルで、王宮のあるラヤ・ウブド通りからは少し南に下がったハヌマン通りに面して建っていた。
毎日のように、ハヌマン通りからモンキーフォレスト通りに入ってラヤ・ウブド通りに向かう道を、暑さのせいもあるが、30分以上かけてぶらぶらと歩いた。モンキーフォレスト通りにはたくさんのおみやげ物屋やブティックが建ち並らび、アスファルトを溶かすほどの日差しの下を観光客が歩き回っていた。私もその中のひとりだった。
ホテルの食事が恐ろしく不味かったせいで、朝は近くのカフェで食べ、昼食はたいてい王宮近くのカフェ・ロータスで、パスタやピザを食べた。クラブサンドが美味しかったこととウブド寺院の庭を借景にしたテラスが心地よかったことを覚えている。

バリ滞在の最終日、そのラヤ・ウブド通りを西に向かい、この人形を買った骨董屋に入った。小ぎれいな店構えだったので、何日か前から気にかかっていた店だ。何か面白いものがあるかも知れないと思った。小ぎれいな店構えとは裏腹に、店内には雑然と骨董の数々が無造作に並べられていた。
「おっ」と思うものは目をむくほど高かった。手が込んだつくりで、状態のいいものは千ドル単位の値段がつけられていた。買えるはずもない。何気に店の奥に目を向けると、蛍光灯にぼんやりと照らされた棚があった。そこに並べられたものは、値段の安い、小さく汚れた人形や民具だった。その中の一つがこの人形だ。見るからに薄汚れて、ところどころ傷ついていて、いかにもアンティーク感を出している。

怪しい。何だか怪しい。「掴まされる」感じがプンプンする。妻も私の腕を引いて「止めといたら」と助言した。日本円に換算すると決して高くはないが、それまで買っていたおみやげ物に比べると、明らかに高い値札がついていた。時計を見ると、ウブドを発って空港に向かう時間が迫っていた。私は、これを見逃したら後悔するんじゃないかと思った。次にいつ来られるのか分からないし、その時までこの人形があるとは思えなかった。
新聞紙にくるまれガムテープで止められた包みを、王宮の描かれたビニール袋に入れて、私は「これで良かったんだ」と自分に言い聞かせながら、モンキーフォレスト通りをホテルに向かって急いだ。西日が背中に痛かった。

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